Stereoscopic 3D images

私の専門は「エルゴノミクス(人間工学)」であり、プロジェクト研究では「先端メディアと人間工学」というテーマを進めている。先端メディアというのは、我々の定義では、現時点では普及していないメディアで、その将来に魅力や期待を抱かせるICT(情報通信技術)の総称である。立体映像、VRやユビキタス・コンピュータといったさまざまな技術が対象であり、これらは次世代のコンテンツ、あるいはライフスタイルの基盤として捉えることができる。特に、それらの生体影響をはじめ、人間に関わる課題が豊富な領域であると考えている。
近年、立体映像の分野では、3Dシネマやホームシアター向けのテレビ放送から、モバイル端末を用いたユビキタス・コミュニケーションに至るまで、広範囲に立体映像の普及と市場形成へ向けた取り組みが活発化している。日本でも、2007年12月以降、立体映像シアターが急増している。最初4スクリーンしかなかったものが、07年12月に公開された映画『ベオウルフ』をきっかけに29スクリーンに増え、08年12月時点では、50スクリーン以上になった。アメリカでは08年11月末から『ボルト』という3D映画が1000スクリーン以上で公開されている。またテレビでも、2007年12月から、日本BS放送が立体テレビ放送を開始しており、それに呼応する形で安価かつ実用レベルの立体ディスプレイが市販されるようになった。
こうした状況の中で、メタバースにおけるマシニマ(PC、マシンによって制作されたネマ)制作事例が増加していることも本研究課題の背景として挙げておきたい。セカンドライフに代表されるメタバースでは、もともと3Dで作られているため、改めて3次元情報を引き出すのではなく、すでに3次元を持った空間でのコンテンツ制作を考えるので、立体映像表現との親和性が非常に高い。
また、特に立体映像の分野では、ディスプレイの開発に比べてコンテンツ制作に関わる取り組みが遅れている、という背景がある。具体的に挙げれば、コンテンツ、クリエーター、バジェットの不足ということである。これはまさにニワトリと卵の関係で、この問題をどう解決するかがこの分野の非常に重要なテーマとなっている。現状では、作ってみたいが実際に制作することは困難である、という声が多い。そこで、メタバースの特性を活用して、プリ・プロダクションや実証実験、また次世代のコンテンツ教育への応用が期待されているのである。
構築した専用SIMと撮影システムの設置フィールド
構築した専用SIMにおける外部からのテレポート地点
構築した立体映像撮影システム
構築した立体映像シアター我々が取り組んだメタバースにおける立体映像表現の試みでは、まず専用SIMを構築し、そのなかで撮影ずるシステムを作成した。また、見せる仕組みとしての立体映像シアター、それに付帯して必要な仕組み、設備をセカンドライフのなかに構築した。専用SIMとして早稲田大学の理工キャンパスを模した仮想空間を構築し、そのなかに撮影システムの設置フィールドを作った。そこにテレポートすると、撮影するための機材等が置かれており、シアターに行ったりスタジオに行ったり、さまざまなルートが選べるようになっている。構築した立体撮影システムの基本概念として、アバターというのは本来役者であり、撮影者であるわけだが、カメラ自体の機能としては一人称の視点を二つ持つという形にしている。現状では2体のアバターを使用し、撮影システムを使って映像を記録していくことができるようになっている。基本仕様として、アバターの操作により、撮影システムが制御されるようになっており、フォーマットとしては立体テレビ放送に準拠したSide by Sideという、横に二枚画を並べた形を採用している。また、実際にここで観るということを実験してみたかったので、立体映像シアターも構築した。ここでは着席すると、そこからアバターの視界がスクリーンの方に向くようになっている。現実には着席する位置に応じてパースペクティブが変わるので歪んだ画になるのだが、それをどこに座っても最適な映像で観ることが出来るように、常に補正されたコンテンツを提示する形になっている。実際の3Dシアターは、座る場所によってだいぶ見え方が違うものであるが、バーチャルの世界では容易に解決できる部分である。
併設設備として一緒に構築したスタジオは、さまざまな立体映像の制作や、原理、また生体に与える影響などを説明するパネル等からさまざまな情報が取得できる環境になっている。特に留意しなければいけなかったのは、2台のカメラ、2体のアバターで撮った映像が何でも立体になるという訳ではなく、カメラの間隔や輻湊角、あるいは被写体までの距離などによって、非常に観づらい画になってしまうという点である。それをうまく適切な画になるように左右のカメラの制御をどう行っていくかという、コンテンツの立体視クオリティの管理が非常に重要であることが改めて確認できたのである。
以上がメタバースを利用した立体映像コンテンツの制作・呈示に関する実験的な取りみの概略である。そのなかで、試験的に立体撮影システムと立体映像シアター、またスタジオという仕組みを試作し、またアバターと移動体を介した立体撮影法の検討を行った。それに加えて、マルチユースを想定した立体映像フォーマットの採用と、提示方法の最適化の検討についても併せて実施した。今後の課題は、こうした方法論やアプローチの、教育・研究・制作分野への適用可能性の検討と同時に、立体映像コンテンツそのものがどのようなユーザエクスペリエンスを与え得るのかという、本質的な評価を確認した上で、改めてクリエイティブな部分へのフィードバックをしていくことである、と考えている。
また、立体映像を見ている人の目の動きに注目し、どこをどのように見ているのかを分析し、それが立体映像の奥行き感などとどういう関係があるのかという、アイ・トラッキングによる解析を行っている。私自身、2008年9月までヘルシンキ大学心理学科に赴任し、3Dの評価に関する取り組みを行ってきており、現在はその解析も進めているところである。
(このレポートは2008年12月8日に行われた研究発表会での講演の書き起こしをまとめたものである。)
2009年6月1日