現在の本庄の芸術科学センターには高速で映像処理ができる最先端の高価なシステムが揃っており、実際に商業映画の編集・合成作業が行われ大きな成果を上げている。今後は、このような設備に頼らず、一般の人が自由に映像を扱えるようなシステムの構築が必要だろう。安藤教授から「CGのホタルが芝居をしない」という話があったが、その意味は、人がどれだけ思いを入れてCGを自由に動かせるか、ということであろう。では、簡単にCGを動かすにはどうすればよいか。それはコンピュータの処理能力を高めてそのパワーをどれだけ映像処理にかけられるか、ということになってくる。

そのためには私が研究しているピア・トゥ・ピア・グリッドによる映像制作システムが必要で、いずれ実用化されるだろう。映像の合成や編集には、データ量が多いので、その処理自体に時間がかかる。処理に時間がかかるものは並列処理して高速化する、ということになる。
ご存じのとおり、現在我々が使っているパソコンの進化は著しく、今やかなりの処理能力を持っている。しかし実際にはほとんどの時間は机の上で眠っており、時たまワープロとして使われるにすぎないことが多い。十分に使われていない、余っている処理能力をうまく使って、映像制作などに活用できるようにすれば、高価なコンピュータシステムに頼る必要もなくなり、ハリウッドにかなわないバジェットや資源の問題もクリアできるはずである。実際には遊休の資源がいっぱいあるわけだからそれをうまく活用するしくみを作ればいい、ということである。
遊休のパソコンを使って処理をしようとするときの大きな問題点は、膨大な量のデータをいかにスムースにパソコン間を巡らせるか、またそれをいかに高速に作動させて全体の処理を短くするか、ということである。そこで、ピア・トゥ・ピアというしくみを使って、ボトルネックを作らない、どこかにデータが集中しない形で高速処理をする、ということを考えている。タイムリーなデータ転送のために並列データ転送を使い、また、拠点間を複数のコネクションを張るストライピングといわれる技術を使ってさらに高速化できれば、余っている遊休の処理資源が有効に活用でき、大量のデータ処理が可能になる。そうすれば安価に映像編集・合成の仕組みが作れることになり、本庄の芸術科学センターのように非常に設備の整ったところでしかできなかったことが、趣味で映像を作っているような一般の人でも高度な映像編集・合成が可能になる。あるいはこのシステムを大規模に展開して商業映画の制作に活用できるようになればさらにすばらしい、と考えている。これが私からの「今後の展望」である。
中里教授や私の専門はネットワークで、コンテンツを支えるいわばインフラの整備が主な研究課題である。パネルディスカッションが始まる前にコンテンツ制作に直接携わっておられる樋口真嗣監督やパネラーの皆さんにお話を伺ったところ、ネットがあることによって映画作りのしかけが変わってきたと認識している、ということであった。これはネットワークを研究している我々にとって、非常にうれしい話である。
先日あるカンファレンスの中で、韓国の漢陽(ハンヤン)大学のパク教授は、今後の工学(エンジニヤリング)はどう変わるか、という問いに対して、「e−サイエンスの時代になるだろう」と言われた。今世界中にさまざまな大きなデータベースがある。それをそれぞれの専門家が自分だけのものと囲い込むのではなく、そういうリソースをみんなで使いあいながらこれからのサイエンスは進んでいくだろう。こういったものを「e−サイエンス」と呼ぼうじゃないか、という提案をされていたことが強く印象に残っている。
中里教授のご説明のとおり、確かに処理能力のシェアリングは教授が提案されるグリッドシステムにも含まれている概念であるが、その前提になるデータ、制作者から言えばコンテンツそのものはどうなっていくのだろうか。これからの世界は、日本とアメリカ、ハリウッドと日本映画といった捉え方ではなく、より大きな視野で皆でデータベースや技術を共用しようという動きが出てきてもいいのではないか。私はそういうパラダイムがこのプロジェクトの延長で実現できることを強く希望して、「今後の展望」としたい。
(このレポートは2008年12月8日に行われた研究発表会での講演の書き起こしをまとめたものである。)
2009年9月1日